2017年03月01日

シュレッダーしようと思ったら、、

[気仙沼出向生活1375日目 残り30日]
今日から3月。
そして気仙沼での出向生活もいよいよ最後の一ヶ月。
市役所のデスクもそろそろ整理しないとと机の上や引き出しのものを片付け始めると懐かしい資料がいろいろ出てくる。

出向1年目に初めて作った時の『気仙沼じゃらん』で描いた手描きの紙ラフ。

気仙沼の観光資源のチャンスを見つけるために実施したGAP調査。

道場のメンタリング中に悩んで個別相談に乗ったとある塾生の書きかけの事業構想。

いろんな資料をすべてシュレッダーにかけてるときに見つかった一枚のこの資料。
思わず一瞬では捨てられなかったこの資料。

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塾生なら必ずご存知のこの一枚の資料。
書いてあることは誰でも理解できる簡単な日本語。
でも自分の人生に当てはめてこれをやってみて、と言われたら全く進まないこの一枚。
これがスパッと言えるようになったら、ほかのことがどうでもきっとその時点でゴールなんだと思う。
僕らが4年間関わった人材育成道場という業務の中で最も本質的で大事な要素の詰まったペラ一枚の資料のように思う。
改めて読み直してシュレッダーさせていただきました。
人材育成道場。
もうすでに終わって半年になりますが、もう二度とないくらい本当に貴重な経験でしたね。



posted by インディ at 22:19| 宮城 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月28日

『ちょいのぞき気仙沼』活動報告会

[気仙沼出向生活1374日目 残り31日]

今日は『ちょいのぞき気仙沼』の活動報告会。
気仙沼への来訪者を増やすために事業者の方々と立ち上げた『観光チーム気仙沼』で行ってきたこれまでの観光体験の開発と実施の取り組みの様子を市内の方々に説明する場として初めて開催。
当日は、宿泊施設の方や観光エージェントの方はもとより、新たに参加頂ける事業者候補の方々やテレビカメラも2台入るなど予想よりかなり多くの方にご参加いただけてビックリ。

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またパネラーには、この取り組みのリーダーの漁具屋のアサヤ専務の廣野 一誠さんをはじめシーカヤックやガイド業を行うアクティビティ事業者や水産事業者、農家、アクセサリー作家さんなどいろんな立場のプレイヤーの方々にご参加頂き、ちょいのぞき気仙沼へ入ったきっかけや今の感想などお話いただく。

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気仙沼の観光を盛り上げる仕事に携わって4年、こんな形で地元の方々が盛り上がってくれて場が作られる光景を個人的には夢見てましたが、出向最後の最後に見ることができて感動。
これをまたきっかけに一人でも多くの事業者の方々が参加してまた街ぐるみで色々できると良いですね。
これはこの気仙沼に来てから今日まで毎日思ってることですが、この街って本当に資源の宝庫だと思いますよ。
それを生かすも殺すもそこにいる人次第。
なのでいろんな方々が関わりながら新たなものを見つけたり、違うものを結びつけたり、削ったりしてるうちにもっともっと磨かれたコンテンツが生まれるように思います。
結局人なんだよなあ、ってすごく思いました。
今日はそういう意味では記念すべき日だったかもしれませんね。
ちょいのぞきが発展することはもちろんですが、今日この場にいた事業者の方々は10年後いったい何業をされてるんだろう?
個人的にはそんなことを考えておりました。

あ、ちなみに4月から『ちょいのぞき気仙沼』の体験は毎週末実施予定です!
いよいよ本格的に観光受け入れ実施ですね。

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posted by インディ at 22:58| 宮城 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

由布院視察A

[気仙沼出向生活1371日目 残り35日]

昨日に引き続き大分県の由布院視察について。
初めて気仙沼赴任が決まって地域で観光を起こす仕事をしないといけないということを知った時にやったことがないことすぎて最初途方にくれてた時に、たまたま調べていて見つけたのがこの由布院の事例。
今では全国でも有数の温泉地として有名な由布院温泉だが、発達したのはわずかこの30年で当時は名前も別府温泉の名を借りて『奧別府』と言われ全くと言っていいほど知られてなかった地域らしい。
さらに変化を始めたその時代はまさに「近代化」が是とされた時代でどの街も自然を削って開発を進めていく中で、この街だけが自然を守る、というスタンスの街づくりをするという当時の時代の逆行を行く進め方をしたらしい。

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「当時は周りの街の方々から『お前らはバカじゃないのか?』と言われ続けましたよ。」

と地元の方から笑いながら教えてもらう。

その仕掛け人こそが、このお二人で中谷健太郎さんと溝端薫平さん。

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この2人が仕掛け人となり近代化という時代に逆行した街づくりを始めたことで今の由布院があるとのこと。
このお二人を中心に大きな借金をしてまでヨーロッパの各地を回り観光と街が共生しているロールモデルの地を周りそこから得た考えやアイディアをベースに街が作られている。
大きな特徴は街が観光地化している、というよりは一般住宅と宿と温泉が同居している気品のある一つの街という感じに見える。

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そしてどこかヨーロッパの味わいもあり、昨日のブログでスイスツェルマットに似ていると書いたが、やはり訪問先にもしっかり入っており現在の世代の事業者方も視察を続けていた。

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そしてそれは偶然に作られたものでなく、きちんとした街のコンセプトとルールとそれへの共感の醸成によって作られてきているということを学んだ。
その街の大事な景観を作るルールとなっているガイドブックを今回もらったが単純にあれはダメこれはダメというものではなく、

- 由布院らしさとは何か?

- なぜダメなのか?

- ではどうすればいいのか?

ということが事細かく書かれている。

一部をお見せするとこんな感じ。

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住民か観光事業者かである前にいかに共存する自分の街を快適に作るか、を優先させた街づくりのマネジメントができている。
自分たちが視察している最中にも、

『あ、あそこの店頭ノボリは派手すぎで街の景観を汚してますね』

といったことや、今度また大手チェーンの看板の色を変えてもらうように頼んだ、というようなことまで細かく街に流れる空気の快適さに気を使っていた。

街づくりにおいてたった30年。
冒頭の2人を中心とした『よそもの・わかもの・ばかもの』を中心に時代に抗って、自然と共生する街を目指してここまでやってきたこの街のプロセスは是非今後とも深く学びたいと思った。
それにしても気仙沼行きが決まって途方にくれてた4年前最初に見本に調べたこの場所に、最後の最後に伺えるとはこれも何かの運命なのかもなあ、と一人で感慨に耽っておりました。

最後にランチで出てきた鳥唐でなく鳥天が非常に美味しかったことも付け加えておきたい。

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posted by インディ at 23:57| 宮城 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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