2017年03月22日

「気仙沼出向を終えるにあたり一番の気づきは?と聞かれたら、、

[気仙沼出向生活1396日目 残り9日]

「この気仙沼という地域に入っての出向生活で一番大きかった気づきは一言で言うと何か?」

必ず聞かれる質問であり、一番難しい質問。
都会暮らしで初めて地域に入った方や被災地での生活を経験した方や何て答えるだろうか?
自分にとってのこの答えは自身がこの出向での生活で一番ハッとなったこの一枚のポンチ絵。

82171312-9933-481E-9A80-4D48FB164EB9.jpg

日本人の選択基準の変遷をまとめたペラ1の資料。
@1950-60年代は高度経済成長時代に入る日本人の価値観は『良いか悪いか』という選択で、物質的繁栄を求めマジョリティが大本営の決めた『良い』を選択する時代だった。

A1970-80年代に入るとバブルに突入し、物質的繁栄だけでは飽き足らない港の差を求め、そこに個性というセンスが生まれ個人の『好き・嫌い』が選択の基準となる時代に移る。

B1990-2000年代に入るとバブルが弾け失われた10年と言われる時代に突入し、皆が「自分は勝ち組に残る」ためと個人による『勝ち負け』が基準となり、『独り勝ち』という言葉が非常に憧れる言葉になった。
(自分はこの時期に就職したので社会人生活はまんまこの価値観で生きていた)

ところが、
C2010年を超え、さらに東日本大震災を超えるとまた価値観が代わり今は人を動かす基準が共感をベースとした『賛成・反対』という基準となり、裏返せば『勝者』や『富』のオーダーで動かない時代になって来ている、

という話。
最初聞いたとき思わずハッとしたのを覚えてる。
この一枚に自分が諸々感じたこの被災地での4年の一番の経験と気づきが凝縮されてるように感じる。
気仙沼に来る前の自分はまさにBの人間。
そこになんとなく疑問を抱きながら生きてた時に気仙沼の仮設住宅に住む生活が始まった。
そして始まった気仙沼の生活では、人が動く基準の多くがCのように感じる。
疑り深い自分は最初は正直信用してなかったところがあったが、どうも自分の方が時代錯誤で特に若い方を中心に世の中はCに移ってるんだなあ、と日々日々実感する。
「時代が変わってる」と気づいたこと。
この感覚をしばらくうまく言えなかったところに上のポンチ絵を見せられて思わずそれだ、と驚いたのがちょうど一年前。
教えてくれたのはスイスツェルマットで自分に地域経営を教えてくれた師匠、山田桂一郎さん。
この経験が個人的にはこの気仙沼を通じた地域の生活で一番気づいたことのように思う。
そしてこれはひょっとすれば都会より地域の方が感じやすい事かもしれないとも思う
(都会でも知らないだけであるのかもしれないが)
いつか書こう思っていた話ですが、残り一桁になった出向生活なので備忘録的に記しておこうと思う。
posted by インディ at 23:49| 宮城 ☀| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
森さま
「気中20プラス」というブログを書いている小田と申します。本日3月24日の当方ブログにて、森さんをはじめ出向者の皆様のご紹介と、ご尽力いただきましたことへの御礼を述べさせていただきました。森さんのブログ紹介およびリンクなどもいたしております。なにか修正を要することや誤記などがあれば、ご指示をいただければと。ブログにも記しましたが、皆様方のご支援にあらためて深く御礼を申し上げます。これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。
小田明紀
http://kechu20.blog94.fc2.com/
Posted by 小田明紀 at 2017年03月24日 12:58
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: