2017年03月06日

少し出向生活を総括的に振り返ると、、

[気仙沼出向生活1380日目 残り25日]

先日送別会を開いてもらった。
夜中3時までお付き合いいただきながらいろいろ会話をさせてもらった。
その中で出た会話、

「森さんと言えば漢字一文字で表すと『金』。金の匂いを嗅げる人」
 
「最近の森さんは結局、金と仕組みに興味が寄ってる」

と冗談ながらいろいろ意見を頂いた。
ラブコールやジョークも含めた表現だとわかっていながらだが、真面目にその辺の気持ちを少し書こうと思う。
気仙沼に来て4年。最初はどうしていいかわからずとにかく街のことを知ろうといろいろなことに飛び込んだ。
仮設に住み、畑を耕し、祭りの太鼓を叩き、とにかく気仙沼を学びそこから湧いた当事者意識から復興を考えたかったから。
『復興支援』と言えばどこか上からで被害を受けてない側から被害を受けた側への助け、的な意味合いに聞こえるがそれってそうなのか?とすごく違和感を覚えたのがきっかけ。
現地に住む限りはそうならずおらが街をどう立て直すかが本当の気持ちだろうという感じていろいろこの街で経験して肌で感じることを重視した。
それが最初の2年。
ただそこからよもやの後半2年の出向継続が決まったところから大きく気持は変わった。

僕の主題は気仙沼のことはもちろんなぜ地域に取り組まなくてはいけないのか?もっと言えば都会の大企業がCSRという枠組みを超えて地域と関わり続ける理由を探すとすれば何なのか?ということに変わった。
気仙沼は一つの象徴的な場所。この場所で起こることはどの地域でも起こること。そしてここで起こってることはどの地域にとっても模範となるロールモデル、そんなケーススタディを作ることでしかこの街も含めた地域が忘れ去られずにサステナビリティを持って都会の企業との接点を持ち続けることになるんではないかと強く思った。
だから後半の2年は『被災地気仙沼』という記憶以外に、この気仙沼がどんなブランディングを作れるかということに時間を費やすようになって今に至ってると思う。
前半の2年と比べれば、森も随分『金』や『仕組み』を語るよな、と思う人は多いかもしれないがそれは上記のような理由であってそういうブランディングに変えないとこの街に関わる人は今後減る一方であるということに他ならないと思ってる。
この街にあとどれだけ関われるかわからないができれば新しいブランディングを作れることにこだわりたいとすごく思う。
そしてそのブランディングとは、
地域オールで個々が挑戦をする土壌を育みながら、地域経営という新しい概念に街自体が挑戦する場ということなんではないかなあと少し思う。
そしてこのブランドを進めることで他地域からその学びを得るために、またはそんな街である気仙沼と交流するためにやってくる人も多くいる。
そして弊社も含めて大手企業がCSRを超えてこの街と付き合いたいと言い出す理由にもなって来ている。
詳細はまた別の機会に。
なかなか今まで書けなかったので少しこの場を借りて書いておこうと思う。

posted by インディ at 23:24| 宮城 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昨日の一面に思うこと

[気仙沼出向生活1379日目 残り26日]

昨日の三陸新報の一面記事。

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いつも観光の取り組みに厳しい同紙が前向きに書いてくれたこともそうですが(笑)、これを機に市内で事業者の広がりが起きるといいのにな、と少し思ってしまいました。
ちょいのぞきが事業者に広がることはきっかけでありその先に、、
このちょいのぞきという交流人口を受け入れる練習を経て10年後、関わった方は何業を始めるのか?
ひとりでそんなことを考えながら新聞を読んでしまいました。
がんばれー、ちょいのぞき気仙沼!
posted by インディ at 22:42| 宮城 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする