2017年03月05日

初めての送別会

[気仙沼出向生活1378日目 残り27日]
昨日気仙沼で初めて送別会を催していただきました。人材育成道場の塾生の皆様からの送別会。
自分たちの活動の中心として行ってきた人材育成道場、4年間で1〜5期で合計86名の経営者の方とお会いすることができ、その過半数の方とこの日一同にお会いすることができた。

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そしてまた冒頭市長からご挨拶をいただきながら、思えばこの4年の気仙沼での出向生活の仕事の方ど真ん中に位置していたのはこの道場で、ここを起点に他の活動が成り立っていたと思う。

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全員の事業構想作成のための悶絶も近くで見させていただき、その発表の卒塾式にも立ち会わせていただき毎回感動して泣いていたのも懐かしい思い出。

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津波で自宅や会社を流されて、従業員にも被害が出て、そんな状況からどう会社を立て直すのか?それを真剣に考え抜かれてその事業構想を発表され、具現化していくその姿を見ているだけでこちらがもらえた勇気と自分たちの悩みがいかに小さいものなのかと感じられる経験でした。
そしてこれがきっかけで事業としてグローバル展開された方や、ブルオーシャンへ飛び込んだ方など多くの方のその後の成功を聞くたびに自分としても大きな刺激となっている。
そして何より学んだのは、こうした事業を前へ進めるために一番必要なことは大義が必要であるということ。多くの方とその大義に賛同をいただきながらどんどんことが大きくなっていくということに初めて気づけた機会でした。

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そんな自分にとって教えの素であるみなさんがこれだけ一同に集まる場は見ているだけで圧巻。それがまさか自分たちのために集まってくれたなんて本当に申し訳ないというか感謝しかありません。
そしてこの道場と卒塾生の方々がいなければ多分自分達はこの気仙沼でこれだけの経験をできなかったと思います。
出向生活は間も無く終わりますが、皆様とのご縁は切れずむしろこれからが始まりかと思うので引き続きどうかよろしくお願いいたします。

最後に一緒に最後まで時間を共にした各企業出向者の方々のお写真も。

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皆様とはもうしばらく送別会が続くのでコメントはまたの機会に。

では本当にありがとうございました!


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posted by インディ at 17:46| 宮城 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月04日

『とりあえず』

[気仙沼出向生活1377日目 残り28日]

残り日数的にそろそろ総括とかそういうのを書かないと思ってはいてもなかなか実行に移せない、、結構4年ってしっかり、コッテリあった期間で振り返るのって難しい。
ただこの仕事に決まった直後と今で何が一番変わったんだろうなあと思った時に一番感じるのは、『とりあえずやってみる』生き方に変わったことなあと少し感じる。
気仙沼への赴任はぶっちゃけ最初一度断ろうと思った。自分が仕事として行って役に立てることなんてないと思ったから。
ただ思いとどまってとりあえず行ってみることにした。
そしたら今度は『住むところが仮設住宅しかない』と言われた。とりあえずOKしてみたら思いもよらない生活が始まった。
次に『畑やるか?』と誘われた。
とりあえずOKしたら一時、本当に自給自足生活できた。
このブログもそう。とりあえず毎日書いてみようと始めたらもうすぐ1,400日も毎日書くことになり、年間20万以上アクセスももらえるようになった。
今回の仕事もとりあえずやってるうちに『地域活性』や『観光』なんて得体も知れなかった仕事で今は講演なんてやらせてもらえてる自分がいる。。(なんだかこそばゆい感じ、、笑)
とりあえず断らず、『ま、いっか』ってなりきってやってみるって実はできてたようでできてなかった。
ある時、仮設で暇にしていた時に、

『俺、これまでそんなに断ってたことあったかな?』

と書き出して見ると今思えばメチャメチャ断ってたことに気づいた。。
カッコつけた言い方すればこれまではどこかサラリーマンで大外ししなければ朝家を出れば、夜家へ帰ってこれて、手の届くリスクのない生活で月末給料も普通に出る往復切符の生活だったけど、この生活を始めてから

『どうせ片道切符なんだからとりあえずやってみるか。』

と考えるようになった。
元の場所に戻るって発想がなくなった。
これってなんなんだろうか?

そういえば気仙沼に送り出される時、経済同友会のある方に、

『君達は今まで会社のデスクから半径3メートルの世界しか見てなかったと思うが、これからはビックリするほど大海原を見て生き方の価値観が変わると思うので期待しておいてほしい。』  

と言われたが、当初はまったくピンとこなかったがその通りだったと今は感じる。
たぶんこの先、出世もしないし、大した人間にはならないと思うが(笑)、おもしろい毎日を過ごせるピン芸人的には生きていけそうな気がする。

、、、ん、これで総括になってるのか?
いや、とりあえずやってみたので(笑)、今日はここまでにしておこうと思う。



posted by インディ at 14:07| 宮城 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月02日

気仙沼に求められてる今の位置。

[気仙沼出向生活1376日目 残り29日]

先月の一ヶ月、気づけばよく出張に出ていた。
広島せとうちDMO、尾道、和歌山熊野古道、大分、湯布院。。
それぞれの地の観光を中心とした地域活性の取り組みについて学ぶとともにこちらの取り組みを共有させていただく機会がある中で客観的な現状の気仙沼の立ち位置について理解できる機会になった。

具体的には、
まず気仙沼の観光の取り組みにおいて外の方が興味深く感じてくれる点。
それはまず震災後の観光業者以外の方の交流人口増加に向けた積極的な取り組みにおける観光コンテンツの『面』としての広がりの起こりという点。
ここにおいては成り立ちや経緯、持続しているポイントなどたくさん質問を受ける。

次に多いのはマーケティングの点。
マーケティングレポートの構築やちょいのぞきでのアンケートをベースにした高速PDCAサイクルの実現などファクトベースの数値を収集して現場にFBにしていく力をどうつけるかという点。
ここにおいてもノウハウ含めてたくさん質問を受ける。

最後に最近猛烈に反響があるのが、いよいよ4月から実施する『気仙沼CREW CARD』を中心としたDMOの取り組みについて。
市全体による地域経営の実践のトライについてさっそく質問責めにあっている。

3つ目は正直これからだが、いよいよ気仙沼の官民双方の関係者に『地域経営』をどう実現していくかについての具体的なSTEPをいろんな局面でお願いする機会が多くなってきた。

一方他市町村から学んだこととしては、
たとえばせつうちDMOの金融のしくみや、尾道のサイクリングを中心とした広域連携での誘客コンテンツの開発、熊野古道のDMCとしての取り組みや由布院の住民と観光客双方が同居できるまちづくりの起こし方やガイドラインの定め方などノウハウ的な要素ではまだまだたくさんあると思う。

総じて言えるのは、
気仙沼にはきっと震災を契機とした危機感を持った人々の立ち上がりとその人たちの面の広がりという要素における経験、知見、感覚、チャレンジ精神の醸成の仕方を知りたいというニーズが多く、逆に広域での座組みや金融、歴史的な持続性の持たせ方など交流人口を呼び込むノウハウ的な要素はこれからまだまだ白地の多い部分なんだと感じた。
そしてもう一つ感じたのはやはり遠い地に行くほど、すでに震災という出来事がかなり風化してきているという事実。
他者と触れ合って初めて見えるこちらの強みと弱み。

『敵を知り己を知れば百戦危うからず』

震災から6年、被災地ということだけでない気仙沼市に求められてる課題解決におけるノウハウのニーズを冷静にきちんと理解するのは重要なことだと思った。
ちなみに今月に入って気仙沼への観光取り組み視察の問い合わせがすでに4件。
どこを求められるのかについて考えて対処していくことがこの街のプライドを見つける大事なことなんだと思う。


posted by インディ at 22:42| 宮城 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする