2017年03月31日

気仙沼出向生活最終日

[気仙沼出向生活最終日]

本日をもちまして4年間の気仙沼での出向生活を終了させていただくことになりました。
知り合って頂いた全ての皆様に感謝と御礼を言わせてください。
本当にありがとうございました。


初めて訪れた日の翌日に撮った一枚の写真。

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まだ街に瓦礫や流された家の基礎や床が剥き出しになってるところに、あろうことかこんな巨大な船が津波のせいで海から数百メートル流されて来てそこにありました。
衝撃が大きすぎてそこを歩きながら、テレビで見る震災と現実がいかに違うか自分の気持ちが打ちのめされたのを覚えてます。
その後の生活も大阪と東京しか知らない自分にとっては想像もしないことばかりですべてが新鮮で学ぶことばかりでした。

そして出会う方々は、
受け入れてくれた気仙沼の方々も、復興支援で来ている方々も、移住者も、全ての方々が人を思い、チャレンジする熱い気持ちを持っている方ばかりで勇気をいただける機会の連続でした。
この経験は今後の自分の人生の一生の糧になると思いますので次に活かしていけるよう精進します。
また頂いたご縁はこれで終わるものではなく、まさにこれからのご縁かと思いますので引き続きよろしくお願いします。
最後になりましたが、出向させていただいただいた会社の関係者の皆様、1400日あまりも勉強させて頂きありがとうございました。
どこまで返せるかわかりませんが、還元できるように頑張りたいと思います。


出向生活全1405日(うち仮設生活977日)
走った車の走行距離 73,000キロ
出会って頂いた方の名刺 約2000枚
撮った写真の数 11,317枚
ブログアクセス数 約106万件


全ての経験と出会えた方々への感謝と
東日本大震災の復興を心から願って本日をもってこのブログを終了したいと思います。
本当にありがとうございました。

(今後もでき得る限り一生涯何らかの形で気仙沼や被災地と向き合い続けられるよう努力していきます)

森 成人
posted by インディ at 21:01| 宮城 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月30日

このブログを書き続けて

[気仙沼出向生活1404日目 残り1日]

気仙沼での出向生活も明日で終了。
そう思った時に最後に何を書こうかと思ったが、やっぱりこのブログについて書いておこうと思う。
元々こんなブログを書く人間ではなかった自分が1400日強も書き連ねることになったきっかけは、4年前の気仙沼に来た初日のこと。
引っ越しの時にあまりの山奥の仮設住宅を見て思わず驚いてしまった瞬間に直感的に絶対この機会は何か自分を変えられるし、変えないといけないんじゃないかと思った。

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(↑これは気仙沼で初めて撮った写真。この山奥の仮設で生活するのかと驚いたとともにこの瞬間にブログを書くことに決めました。)

ボぉ〜としててもすぐ過ぎる期間なので、どうせなら毎日思ったことを何でもいいから残していこうと思ったことから始まった。
ついでに言えば自分が一番苦手でできないことは毎日ルーティンを行うということだったので、その克服も兼ねて始めてみた。
ただ書き始めるとおもしろいことにどんどん書けることにも驚いた。
ただもっと驚いたのはこのブログの反響と読んでくれるこ方の変化。
当初は被災地気仙沼での仮設生活を外の方に伝えられるようになればと書き始めたが、途中から気仙沼市内で知られ読まれるようになり地元の方とのコミニュケーションツールに変貌した。このブログを通じて知り合った方も少なくない。また最後の一年は地域活性というテーマで書くことが多くなったことで全国の同じ課題に取り組む様々な方と出会うこととなり、このブログがキッカケで仕事の協働が起こったり思わぬ広がりをもたらすようになった。
こんなただのオッさんの仮設生活の呟きが日に多い時で約3000人もの人に読まれるようになり誰であろう本人が一番びっくりしている。

こないだ初めて気づいたが同ブログ内でもまあまあ人気ブログになってることにもびっくり、、

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ただ書いてる内容の多くは気仙沼の方から学んだことや、地域活性という仕事を通じて教えてもらったことなど自分の言葉というより、教えてもらったことや気仙沼で始まった動きなど人から伝えられたことを書いてることがほとんど。
それくらいほんとこの生活で自分の人生が変わったと思うくらいいろんなことを教わったと思う。
(だから大して苦にならなかったんだと思う)

そして始めてから気づいたのは日常生活では実はアウトプットとインプットは比例するんじゃないかということ。
毎日書いてると誰かから必ず何か連絡が来る。
ちなみに気仙沼に来てから行った名刺交換の数は2000人を超える。。
アウトプットすればするほどインプットに繋がる情報や人との出会いが増えることに驚くほど気づいた。
気づけば自分の後に数人『○○生活何日目』と始められる方がいらっしゃいますが(笑)、個人的にはいろんな機会を増やしたい人にとっては(頻度は毎日が適切かは別として)行うことはお勧めします。

ただそんなブログも出向生活が終わる明日で最後。
仮設生活が終わることになった1年前、一度は止めようとした後、結局続けましたが今回は自分も納得して止めることに決めました。
何れにしてもこの機会は気仙沼での自分の経験になくてはならないものになりました。
あと明日1日。
読んで頂いてる全ての方に感謝申し上げます。


posted by インディ at 23:14| 宮城 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

気仙沼の魅力とポテンシャル

[気仙沼出向生活1403日目 残り2日]

この仕事をしてから気仙沼という街の魅力とポテンシャルはどこにあるのか?
とよく聞かれる。

美味しい魚、水産業の活気、リアス式海岸の景色、、
たしかにそう思うものの、別の視点から見るとまた違う見方が見えて来る。

先日会社の方から、

「お前の気仙沼の成果は他の自治体でも出せた思うか?出せないと思うなら気仙沼にはどういう要素が揃っていたのか?」

と聞かれて、あ、なるほど!、と全く別の考え方が生まれて来る。
そもそも自分がこの街のどこに惹かれたか?
と考えた中には上記のものはサブ的な要素で、むしろもっと違う要素が見えて来る。

まず、この街で出会う人がどの人もチャレンジングで何かに挑戦しているように見えるということ。
それがなぜかと聞けば、
若い方が生き生きしているように見えること。

それがなぜかと聞けば、
そういう若い方達に託そうとする現リーダー世代が存在していること

それがなぜかと聞けば、
街自体が企業城下町ではなく、水産業という主要産業を持っていてそういう世代に自立的に育ってもらわないといけないからという気持ちを持っていること

それがなぜかと聞けば、
他の街に比べて街の危機感が高いから

、と冒頭と全く違う考え方が出て来る。

よく考えればどの地域にも食資源や自然は豊富で、特段気仙沼だけが恵まれているわけではなく、むしろその資源を活用していくための要素となる人材ポテンシャルがあるかどうかの重要だということに気づく。
そしてそれを一言で言えば気仙沼は人に愛される街ということになるのではないかと思う。
素敵な街だと思うからこそ客観視点で言語化したいと思う残り2日。


posted by インディ at 00:10| 宮城 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする