2017年02月25日

由布院視察A

[気仙沼出向生活1371日目 残り35日]

昨日に引き続き大分県の由布院視察について。
初めて気仙沼赴任が決まって地域で観光を起こす仕事をしないといけないということを知った時にやったことがないことすぎて最初途方にくれてた時に、たまたま調べていて見つけたのがこの由布院の事例。
今では全国でも有数の温泉地として有名な由布院温泉だが、発達したのはわずかこの30年で当時は名前も別府温泉の名を借りて『奧別府』と言われ全くと言っていいほど知られてなかった地域らしい。
さらに変化を始めたその時代はまさに「近代化」が是とされた時代でどの街も自然を削って開発を進めていく中で、この街だけが自然を守る、というスタンスの街づくりをするという当時の時代の逆行を行く進め方をしたらしい。

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「当時は周りの街の方々から『お前らはバカじゃないのか?』と言われ続けましたよ。」

と地元の方から笑いながら教えてもらう。

その仕掛け人こそが、このお二人で中谷健太郎さんと溝端薫平さん。

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この2人が仕掛け人となり近代化という時代に逆行した街づくりを始めたことで今の由布院があるとのこと。
このお二人を中心に大きな借金をしてまでヨーロッパの各地を回り観光と街が共生しているロールモデルの地を周りそこから得た考えやアイディアをベースに街が作られている。
大きな特徴は街が観光地化している、というよりは一般住宅と宿と温泉が同居している気品のある一つの街という感じに見える。

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そしてどこかヨーロッパの味わいもあり、昨日のブログでスイスツェルマットに似ていると書いたが、やはり訪問先にもしっかり入っており現在の世代の事業者方も視察を続けていた。

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そしてそれは偶然に作られたものでなく、きちんとした街のコンセプトとルールとそれへの共感の醸成によって作られてきているということを学んだ。
その街の大事な景観を作るルールとなっているガイドブックを今回もらったが単純にあれはダメこれはダメというものではなく、

- 由布院らしさとは何か?

- なぜダメなのか?

- ではどうすればいいのか?

ということが事細かく書かれている。

一部をお見せするとこんな感じ。

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住民か観光事業者かである前にいかに共存する自分の街を快適に作るか、を優先させた街づくりのマネジメントができている。
自分たちが視察している最中にも、

『あ、あそこの店頭ノボリは派手すぎで街の景観を汚してますね』

といったことや、今度また大手チェーンの看板の色を変えてもらうように頼んだ、というようなことまで細かく街に流れる空気の快適さに気を使っていた。

街づくりにおいてたった30年。
冒頭の2人を中心とした『よそもの・わかもの・ばかもの』を中心に時代に抗って、自然と共生する街を目指してここまでやってきたこの街のプロセスは是非今後とも深く学びたいと思った。
それにしても気仙沼行きが決まって途方にくれてた4年前最初に見本に調べたこの場所に、最後の最後に伺えるとはこれも何かの運命なのかもなあ、と一人で感慨に耽っておりました。

最後にランチで出てきた鳥唐でなく鳥天が非常に美味しかったことも付け加えておきたい。

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posted by インディ at 23:57| 宮城 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする