2017年02月03日

ありがとう、気仙沼。

[気仙沼出向生活1350日目 残り56日]

「自分たちが来たからこそできる非連続な変化を被災地気仙沼で起こし、日本のロールモデルとなるように創りなさい」

突然被災地の仮設住宅に住めと言われてショックで頭がまわりそうになった4年前、出向元である経済同友会から言われた言葉。
ただし、

「自分たちはいずれ去る身なのだから最後は地元の人で自走できるものにしなさい。」

とも。
自分たちがいたからこそ成し得たっていう今までにない取り組みを起こせと言われながら最後は自分たちがいなくなっても地元の人でできるようにしろ、しかも四年で、
ってずいぶん無茶言うなあ、、と思ってからまもなくその4年が経つ。
日本のロールモデルとまではいかずとも自分たちが介在して進められたことは少なからずはあったかもだが、これをどうやって気仙沼に残すのかについては本当につい最近までどうやってやるかまったく検討もつかなかった。

やればやるほど結局、

「(自分たち)イニシアチブ出向者がいなくなったら続かないのでは?どうするの?」

と言われる日々の連続で特に後半の2年は悩みに悩んだように思う。
でもそれも今日でほとんど悩みも解消。
自分たちがやってきたことが独りよがりでなく、これで安心して引き続き継続できると思う手応えを今日感じることができました。

まだもう少し業務としてはやることはあるけど、先を考えるということについては今日でこの4年の気仙沼の出向生活が終了したように感じる1日。
これは地域活性などで外の人間が現地で取り組みをする際の一番のハードルなんじゃなかろうか。
このハードルを越えられたことは本当に大きい。

本当にこの町に来て良かった。
できた取り組みより、たくせる仲間ができたことが心底嬉しい。

ありがとう、気仙沼。


posted by インディ at 21:04| 宮城 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする