2016年12月03日

『地域活性』とは何を実現するためにやるのか?

[気仙沼出向生活1292日目 残り127日]

東北の震災復興ということから始まって関わり始めた地域活性という仕事。

人材育成、観光振興、地域資源の有効利用、6次産業化、地域商社、DMO、、、

いろんなテーマの仕事に関わらせてもらってるが結果的に地域をどうすることが目的なのかというこれらの根っこを考えるようになってきた。
この根っこがなく、「地域活性やってます。」と言っても本人の独りよがりになりかねない。
根っこから派生して冒頭の各種テーマにつながらないと地域でバラバラに自分が思う地域活性をやっているにすぎない。

ではこれはに共通する根っことは何なのか?
地域が豊かになるということは何を磨いていくことなのか?
最近の自分の学びから以下のようなことなんじゃないかと考えるようになった。

つまりどういうことかというと、

そもそも地域が衰退した歴史から紐解けばわかる。もともと一時生産で豊かだった地域だが、都会での工業力向上に人材を駆り出され働き手が地域から出ていく傾向がはじまった。
そこへ持ってしての物流の向上で遠くのものが簡単に安価に手に入るようになってしまい地産した商品でなくとも生活が賄えるようになったしまった。
さらに都会資本の会社の全国展開によってナショナル商品が普及することで地域独自の事業者が衰退することになり、
極め付けはそこに日本全体での人口減による生産年齢人口の減少によりいよいよ地域の生産性は壊滅的な状況に陥り、地方税収の落ち込みも深刻化していよいよ地域の過疎化が止まらなくなってきている。

この前提の中でどうすることが地域にとっての豊かさの向上なのか?
頑張って地域の個社のビジネスを育てて大会社化してグローバル化することで雇用をあげればいいのか?そんな少数のビッグプレイヤーを作ったところで地域は豊かになるのか?
その個者が儲かっても地域にお金が行き渡らないと意味がない。
それでは片手落ちな気がする。

個人的にはこれまでの気づきと教えの中でこう整理する。
これらに共通する根っこ、それは住民が意志を持った『地消地産』をどう行うかということにつきるのではないかということ。
地域で生まれたものがナショナル商品に代替されず、地域でそのまま使われる。
地域で作られたものを最大限地域で使うようにすることで自給率を高めることで地域でお金が回る。
まずこの地域で生産した商品を外に出さずに地域内で換金化して地域に返す。
あわよくばその上でそれを外貨に変えていくことで地域内に流れるお金の総量を上げていく必要があるように思う。
現状地域はお金がないから補助金に頼る。
でもそのお金の使い道は市内にナショナル商品が溢れ、そこに使われてしまいそもそも地域でのお金が地域に残らない。
それで少なくなった地域内のお金に補助金を足して降り出しても、またまたナショナル商品にお金が流れ地域にお金がたまらずどんどん地域にお金が残らず都会資本に座れていく。
この状態をどう食い止めるか、が地域が考える本質的なテーマなんではないか?と。
そしてその解決法は少数の個社が成長するだけでは不十分で、地域全体にお金を行き渡らせないと
意味がないことに気づく。

今年春、スイスでこれを学びにも行ったが、
彼らは、フランス産150円の卵とスイス産200円の卵だと迷わずスイス産を買う。
なぜかと問われれば、

「そんなのそうしないと巡り巡って地元のうちの旦那や親戚の会社が潰れたらどうするの?」

と真顔で答えるという。
個人的には経済的な側面としての『地域活性』というのは、
この地域内にお金を残す『ローカルファースト』の思考と行動に住民全体が変わっていくことこそが地域活性であり、そのための手段のテーマとして冒頭の人材育成や観光、うんぬんの打ち手があるのではないかと考えるようになってきた。

ではその打ち手とはどう考えるべきか?

長文になったがこの思考についてはまた続きをまとめていきたいと思う。







posted by インディ at 23:13| 宮城 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東北未来創造イニシアチブが終わるにあたって

[気仙沼出向生活1291日目 残り128日]

昨日は我々が所属する東北未来創造イニシアティブとしての最後の慰労会としての集まりで温泉旅行へ。
経済同友会の各企業からの有志の集まりで東日本大震災で被害を受けた地域へ直接現地に人を出向させて復興のサポートができないかというプロジェクトもこの活動結成からまもなく4年。
東北の小さな地域に、東京資本の企業からまさかの行政に出向して、しかも仮設住宅に住みながら仕事したこともない企業同士の人間でチームを組んで首長の元で復興支援するというありえないような生活が気づけば1,000日以上続き当たり前のように感じる毎日になったがいよいよ終わりに近づいてきている。

毎回のように飲んで騒いで、ではあったが、話は自然と

「自分たちの活動はどう終わるのか?」

に話題に移っていく。
『震災復興』から始まった取り組みはいつしか『地方創生』に移り変わりながら地域を活性するために何に取り組むべきかを議論してきた。
たぶんこんな座組みの活動は日本で2度とないかもしれないなとも感じたり、、

「この活動の意味は何だったのか?」

「今後日本の有事があった際にこの活動はどう引き継がれていくのか?」

「僕らは来年からどこで何をするのか?」

それぞれがなぜこのプロジェクトに参加することになり、何を感じて、どう考え行動し、どこへ行くのか、、?
気づけば一人ずつの共有の場に。

普段は毎日仕事の話しかしなかったり地域が違えばまったく様子がわからなかったりしたが、それぞれ一人一人の考えてることやこれから将来のことなど聞いてるうちに、あぁ本当にこの活動も終わるんだなあと少しずつ実感してきた。

「えっ!?そんなこと考えてたの?」

「これからそんな道に進むんだ!?」

などいろいろ驚きも多かった。

その中で個人的に話したことはひとつだけ。
自分がこの活動で一番変わったこと。
これまでの自分は次の進路をすべて環境任せにしてた。
大してやりたいこともなく、自分で考えることもせず、すべては環境のせいにしていたがこの仕事をして初めて自分の意志で動き、2年経過した際には会社にワガママをお願いしてもう2年出向継続して今に至る。
初めて自分の意志でやりたいと思った仕事をやり続けることになった途端に、こと出向後半のこの2年については自分で決めた仕事なので、
見える景色や行動や決断がびっくりするほど変わったように思う。
やはり自分の未来は与えられるより自分で掴みに行った方が得られるものが大きいと本当に実感した。
この行動の思考は東北から授けてもらったギフトとしてこれから感謝の気持ちを忘れないでおこうと思う。

のこりあと3ヶ月ちょっと。
どんなゴールを迎えるか少し楽しみになってきました。

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posted by インディ at 21:16| 宮城 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする