2016年09月11日

人材育成道場で「99%の人が見えなくても、あなただけに見える1%の未来を見続けた事業構想を」って言うけれど、、

[気仙沼出向生活1213日目 残り208日]

先日いただいた人材育成道場第2期の塾生でいらっしゃった気仙沼の道路会社、菅原工業の社長からのメッセージ
「森さん。御無沙汰しております。本日、ついに。。
インドネシアのゼネコンと合弁会社の設立の大筋合意を頂きました。
9月前半までに詳細を詰め、次回渡航時にサインとなります。
アクションプランを一年前倒しになりましたが、卒塾から二年。。
また、新しいスタートラインに立つことが出来ました。
契約の瞬間まで、気を抜かないように頑張っていきます。」
最初に森さんにどうしても報告したくて笑」
(原文まま)
そして本日、下の写真とともにインドネシアに合弁会社『PT.Sugawara KADI Indonesia』
を設立されたというご連絡をいただきました。

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本当におめでとうございます!
鳥肌立つくらい僕も嬉しくてびっくりしました。
人材育成道場時代に描いた事業構想を一年前倒しされて見事現地法人を設立。

2年前、過疎化する地域のひとつの道路会社の社長が抱えたこれからの現実課題。
現状の復興需要が終われば待ってるのは売上減少と、担い手の人材難。
下手をすれば将来、大雪の災害がこの街で起こっても対処する人がいないという事態が起こるかも!?

そんな課題に打ち勝つ事業構想として打ち立てたのが高い道路技術のスキルを求めるインドネシア人を気仙沼に連れてきての担い手育成とその人材の活躍の場としての現地法人設立。
これにより過疎化する街でも災害などの緊急対応にも対応できるほか、インドネシア人のスキル上達、さらに自社のグローバル展開も可能となる。

人材育成道場で盛んに言われるのは、
99%の人が見えなくても、あなただけに見える1%の未来を見続けてどう事業を構想し実現できるか?
ということ。
ただいうは易しいが、そんな構想を練ることも実現することもなかなか難しい。
それってどんな構想よ、、?
多くの塾生の方々が在学中はもちろん、道場卒業後も悩んで悩んで悩みまくるこの事業構想において、

あ、そういうことですか!

って思えるくらい構想の具現化を痛快に爆進されてる同社の取り組みは本当に凄いし学びになると思います。

まもなく現在取り組み中の道場第5期も事業構想の仕上げの時期。
菅原工業さんのような事業が出てくることを願っております。

posted by インディ at 01:35| 宮城 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月09日

メカ×カレー制覇の道。残りあと1軒。

[気仙沼出向生活1212日目 残り209日]

「メカ×カレー」制覇の道。

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なかなか食べれなかった屋台村のBuggyも5度目の訪問でGET。

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さらに夜専門のあじ蔵さんも美味しくいただきました。

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これで13/14軒。
リーチ!
残るは、オルゴールのみ!
だけどここはまさかのスナック、、笑
いつ行こう?誰と行こう?
作成募集中です。
posted by インディ at 20:23| 宮城 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月05日

気仙沼の観光商品化に伴い予想していなかった思わぬ光景。

[気仙沼出向生活1208日目 残り213日]

「あのぉ、突然なんですが『ちょいのぞき気仙沼』というチラシを見かけまして、、?」

今日もこんな感じで突然問い合わせがやっていることがチラホラある。
どなただろう?と伺うとこれまでおつきあいのなかった市外の観光事業者の方々。

「僕が事業としてやっているアクティビティを気仙沼でできないか?」

「そちらで開発しているコンテンツをうちの商品としてコラボできないか?」

「『ちょいのぞき気仙沼』をうちの宿の宿泊プラン商品にできないか?」

「うちのバスと組んでツアー商品にできないか?」

、、など様々なお問い合わせの中から商品が生まれてくる。

これまで地元でいろいろ開発の協力をしてきたが、個人的には花火なイベントを作りたいわけではなく、継続的にいつでも回っている事業に落ちるようにしたかったが、こうして市外の事業者と組むことでさらに商品化して堅実に外に売り出していくことができるのは大変ありがたいこと。
これは個人的には予想していなかった光景。

地元側の事業者の頑張りでコンテンツが磨かれだすと、それが磁石のように外の協力者を引き寄せてくる。
これは地域づくりにおいて非常に重要な要素なのではないか?とふと思った。
そういえば、過去話を聞いたスイスツェルマットも、ニュージーランドのクイーンズタウンもこうして外からの協力者を募りながら徐々に交流人口が増えていきしまいには、外から移住者が絶えない街になっていったと記憶している。
まだまだ起こりはじめたばかりだが、少し胎動を感じるように思うのは僕一人だろうか?
この流れを大切に育てていけるといいですね。

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posted by インディ at 21:26| 宮城 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする